悪いのは学徒動員か?

この時期の風物詩と化した感すらある戦争の語り部の登場だが、果たしてそれで良いのかと思う。

兵法書に曰く、戦わずして勝つを上策とす。

残念な事だが、70余年前の敗戦は、160余年前に定められていた様な気がする。

しかしながら、当初の目標は、曲がりなりにも達成したと言ってよかろう。

すなわち主としてアジア地域における欧米諸国による植民地時代を終焉に導いたからだ。

致命的とも言えるミスは、憲法制定時にはやむを得なかった統帥権問題を最後まで解消出来なかった法的問題と、本土空襲で多大な被害を被る前に戦後処理に入ることが出来なかった事だろう。

学徒動員や勤労奉仕は、国家間の総力戦が当たり前となった現代戦においては何らかの形はやむを得まい。

一方で、一部の諸君の二重基準には辟易するし、もっと問題視されてしかるべきだと思う。

すなわち、2学期が始まってボチボチ中間試験を迎えようかという時期、都内の公立学校が都民の日として休みになる日に駅頭などで見かける「赤い羽根共同募金」に参加している学生生徒諸君の姿。

所謂社会貢献を内申書評価の対象とする様になって久しいが、この募金活動は、重要なイベントとされていると耳にした事がある。

つまり、積極的に参加し、1円でも多く集めると高い評点を得られると言う噂。

或いは休みの土曜日などの朝の街頭のゴミ拾い。

これも参加の有無、集めたゴミの嵩で内申書に影響するとも。

これなどは、銃弾こそ飛び交わないが、或いは暴走車などの犠牲となるやもしれぬ現代版学徒動員そのものだろう。

消極的な者は、嘗ては非国民と蔑まれ、現代では社会奉仕の精神に欠けると評価される。

どちらにしても学徒にとりたまったものではあるまい。

戦争を語る、と言えばもっともらしいが、当時も今も全貌を時系列で総覧出来た者などおるまい。

できる事は、当時は精々が身の回りのパーツを語る程度であり、全体を知るわけではない。

まして米国の状況をも知りうる現代において、米国の状況をも踏まえて当時を断罪する事は、明らかな誤り。

まして過去ばかりに着目しても今後の平和には直結しない。

今後の平和を引き続き希求するならば、最低でも過去300年余の国内情勢、国際情勢について情報の収集分析が不可欠だろう。

ジャーナリスト徳富蘇峰は、明治維新の発生の源流からの歴史を概観すべく「近世日本国民史」と言う大著を著した。

織豊時代に始まり西南の役で終わるこの著作、当人は平安時代から始めたかったらしいが、年齢的に無理だとして織豊時代に繰り下げたと言う。

ならば、300年位を分析するのはあながち場違いでもあるまい。

徳富蘇峰の様に、は無理かもしれないが、冷徹なる歴史研究者としてみる事は当然の話だが。

■【九州の戦後72年】「恋も知らずに死んでいったんです」動員学徒の女性、戦争を語る

(産経新聞 - 08月14日 08:52)