【今日の氣づき・・意識して使わない言葉】

私は特にここ近年 自らが強く意識をして

使わないように 心がけている言葉があります

それは 『でも』と『だって』 です

自分の中にある 消極的な思い

否定的な感情 いい訳にも使える

使用しないのは 以上の理由からです

私は 自分自身の人生を

強い信念のもと 活きています

『素直で謙虚に活きる』という

自分自身の活き方の中で

私自身 より一層努力をしていることに

『まずは相手を受け入れる』ということがります

人それぞれの 活き方 人生の中で

それはそれは いろいろあるのです

まさに 10人10色

ですから 自分自身の感情や

固定概念 先入観 囚われといったものを

出来る限り 取り除く努力をしているのです

『先ずは受け入れる』

『違いを受け入れる』

もっと言うと 『違う』 と思う否定感情を

意識的に持たないように しているということです

相手を認め そして 自分を認める ということは

とても大切なことです

ましてや 私自身だって

まだまだ 発展途上の人間ですし

知らないことも 沢山あり

井の中の蛙』 なのです

よく誰かに 質問をしておいて

『でも・・○○でしょう?』とか

『だって・・○○だから・・』などという

言葉を聞いたりします

自分の観念だけで 物事を解釈をしてしまうことは

自分自身が 自分の人間としての成長を

妨げることにも なると思うのです

とりあえず受け入れて

後で 自分自身の中で整理をして

棄てるものは 棄てればいいのだとも思っています

ですから私は なるべくこの

『でも』『だって』という言葉を

使わないよう 心がけているのです

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またまた久しぶりの日記

またパスワード忘れ久しぶりになります。

すでに夏終わり前になりました。

よろしくお願いしますわ

海外への道。

僕は不思議と間接的に海外と触れる機会が小さい頃から多い話はしたと思う。

もともと僕の父親は税関職員でした。

海外からの違法な輸入品を取り締まる仕事をしていたそうで、

違法のまま流通している大人のビデオとか、

ニセブランド商品、麻薬犬を使って麻薬を取り締まる仕事とかもしていたそうだ。

父は完全に英語は話せなかったようだけど、

海外に対する憧れは僕と同じようにあったそうで、

奇遇なことに僕と同じイギリス英語を学んでいたそうです。

しかもまた勉強の仕方も僕とまんま同じで、

父も海外の映画やドラマの音声を英語にして

英語の字幕つけたり消したりして英語の勉強していたのだとか。

まさか俺に憑依してないでしょうね?と思うけれど、

税関で仕事していた事もあって常に語学の学習は忘れていなかったようです。

ロシア語も少し触ってとか聴いてますが、

父は僕が2歳の時に不治の病で他界してますので

僕は顔すら全然覚えてないしよくわかりません。

でもなんでしょうか。

やはり持って生まれた特性ではあるのかな?

2歳半くらいの頃に以前住んでいた神奈川県横須賀市に引越しまして、

あまりご存知ない方が多いかもしれませんけど、

僕は久里浜というところに住んでいました。

日本史を深くお勉強された方はご存知かどうかはわかりませんが、

久里浜浦賀の隣町でして、

浦賀といえば皆さん教科書でよく出て来ると思います。

江戸末期に当時アメリカ海軍であったマシューペリーさんが来航しました。

日本を訪れた最初のアメリカ人です。

多くの方は皆さん浦賀に初上陸したと思ってる方が多いんですが、

実は浦賀港には黒船を整備する場所がなかったので、

丁度隣の久里浜港が選ばれるんです。

だから最初横須賀の地をペリーが踏んだのは久里浜なんですよね。

それでその上陸を記念として造られたペリー公園が久里浜港のすぐそばにあるんです。

公園内には正にペリーに関する展示品や資料もあって日中自由に入れるんですけれども、

正に僕の家はそこからかなり近い場所に住んでいたんですね。

それでまた横須賀市民となると、

だいたい皆さん大きな買い物をしたり映画館に出かけたりするときは京急線に乗って、

横須賀中央駅とか汐入駅イオンモールに行くんですね。

そこには正にアメリカ米軍基地がある場所なので、

いつ行っても駅周辺はアメリカ人の方がたくさんうろうろしてるというか、

他にも中国系の方やフィリピン系とかスペイン系の方とかもいらっしゃるんですけど、

本当に世界の人間が混ざってて異国情緒溢れる街なんです。

僕もよ〜〜く行ってましたので強烈に覚えてますけど、

アジア系の顔じゃない人、黒人の人、

日本語以外の言語を話す人などたくさん見て参りました。

横須賀中央はそういう影響もあってやたら語学教室が多いんですけれども、

日本に住んでいるのに外国人と触れ合うことができるというとても貴重な体験ができたというか、

視野が広がるような街に住めたことをすごく感謝するべきだなぁ〜と思います。

僕は対人恐怖のくせに人が集まることは大好きなので、

日本人以外にも色んな人がいるんだなぁ〜っていつも感動してました。

小さい頃、黒人さんは正直最初怖かったというか

アメリカ人の方って体も大きいし身長も高いので威圧感あるんですよね。

でもその時に母が、

この人たちはもともと生まれつきこういう肌なんだよ。

と教えてくれた記憶が今も鮮明で、

その時に子ども心ながらも差別をしてはいけないと感じたことがありました。

だから僕は本当にそういうところは人間観察として恵まれたような気がしますけど、

本当に横須賀は今も大好きで、ときどき横須賀に行きますね。

僕にとってはもう25年住んだ故郷みたいなものですから、

とても忘れることはできないと思う。

残念ながら前住んでたところは立ち退きになってしまって、

つい最近建物を壊して土地を今売ってるみたいです。

僕が住んでたところはおそらく一軒家とかになるんでしょうかね?

まぁ〜それはいいけど、

小さい頃はそういう影響もあってか、

自分で選んで初めて買ってもらった絵本は英語の本だったんですね。

確か3歳か4歳くらいじゃないかと思うけど、

もちろん小さい子でも読めるやつですよ?

今も覚えているけど、

りんごはapple

船はship

といったように、

子どもにもわかりやすいようなイラストと単語が載ってて、

それをよく眺めていた記憶があります。

大きくなってからは全く読まなくなったので、

知らないうちに親が処分したようですけれども、

この時から自然と語学学習に手が伸びるような縁があり、

小学校の頃は国旗の本とか買ってもらってましたよねぇ〜。

小学生になっても外国に対する憧れはずっとあって、

僕は映画を観ること自体はそんなに好きじゃないんですけど、

ディズニーを始め、ETとかホームアローンとか、ジュマンジとか、

そういう映画をよく好んでいたように思います。

あと、

日本のテレビ番組に関してでも観ていたのは芸能人が海外を旅する番組が多かったですね。

それこそ今は終わっちゃったけど

日曜日の夜10時に放送してた世界ウルルン滞在記とかもそうだし、

他にも土曜日とか日曜日の昼間くらいの時間って、

昔は結構芸能人が海外を珍道する番組が多かったんですよね。

今はもうすっかりなくなってBSでやってるかなぁ〜くらいになったけど、

昔よくあったんですよ。

だからそういった番組もず〜っと観ている子どもでした。

それでまた更に奇遇なことにですね、

黒柳徹子さんっていらっしゃるじゃないですか。

当時、その黒柳徹子さんがユニセフの親善大使に選ばれてて、

その一環として世界中で飢餓とか貧困とか戦地で住んでる子どもたちとか、

戦争で傷ついた子どもたちと触れ合うチャリティをよくされていた時なんですね。

テレビ番組でも特集を何回かでよくやってたし、

それを書籍にまとめたトットちゃんとトットちゃんたちという本が発売になって、

すごいベストセラーになったんですけど、

それを夏休みの課題である読書感想文にしたら賞をもらってしまったっていう事もありました。

戦争という文字とかは知ってたけど、

具体的にどういう状況なのかは知らなかった僕はすごく衝撃だったので

それを文章にしただけだったんだけど、

なぜか選ばれたんですよね、僕。

あとは世界ウルルン滞在記でも女優の東ちづるさんが、

ドイツ国際平和村のボランティアに行くという回が放送されましたね。

しかも何回かに渡って放送されて、

一昨年くらいもまたボランティアに行った番組が放送されたけどウルルンではないが、

堂と悲惨な現場を映していて、

当時もまたものすごくショックだったというか心が痛み、

こういう人たちの姿を見て、自分はどう生きていくべきなのだろうか?と考えてました。

他人を無条件に傷つけてはいけないとすごく感じましたかねぇ〜。

衝撃的でした。

思い出せばもっともっとありますねぇ〜。

小学校の時はなぜこんなに人種問題について知る機会が多かったのか、

今も謎のくらいだけど、

アフリカの紛争とか、

世界大戦中のホロコーストユダヤ人迫害と呼ばれた人たちの展示会が神奈川で開催してる時があって、

確かユニセフが主催だったと思うんですけど、

確かその展示会はアンネの日記のアンネフランクさんをメインとして、

ホロコーストの皆さんがアウシュビッツなどで収容されてる姿の白黒写真とか、

やせ細ってる姿、殺されてる姿の白黒の写真とかもあれば、

飢餓苦しんでいるアフリカの子どもたちの様子の写真が展示されてましたね。

なぜかどういう訳か母親に連れて行かれたんですけど、

すごくショックだった記憶があります。

さらにさらに、

どういうわけかそのユニセフにも僕にはご縁があって、

小学校4年生の時は夏休みの課題で、

世界平和をテーマにした絵を描く課題が出たので、

どういうわけかその時国旗の本を買ってもらってたんですけど、

絵具で色んな肌の色の人間を描いて、笑顔にしたんです。

そしてその両手にそれぞれ色んな国の国旗を持たせたんですね。

そしたらユニセフの人間の目にそれが留まったらしくて、

後日横須賀市教育委員会とかユニセフの人間がたくさん集った特別なイベントに呼ばれて、

その場で小学校代表の人間として賞状をもらったんです。

ビックリしましたけど、

今もそれは鮮明に覚えていて会場もどこだったか覚えてるし、

そのあと立食パーティもして唐揚げ食べたりもした。

多分その絵と賞状、今も母親が保管してると思います。

どこ仕舞ったのかはよく知らないけど。

後に学校からも賞状をもらいましたね。

なんだったんだろうあれ。

結局何が言いたいのかというと、

僕って小さい頃から思い返すと、

世界のあらゆる人間を知る機会がすごくあるというか、

人種問題が言語のみならず、

人権とか差別とか、戦争とか争いとか、

そういった問題を触れる機会がすごく多かったんですね。

自分も今こうして人権問題となっている性的少数派の人間ですし、

虐待受けて育ったとか、家庭内暴力があったとか先日も色書きましたけど、

人の命とか、人の心といったものをものすごく考えさせられてるような人生なんです。

振り返ると本当にそれが僕の人生のテーマになっているというか、

人を大切にすることや、愛はなぜ存在するのか?とか、

そういったことがず〜っとテーマになってる気がするんですね。

それでまた追加しますとね、

うちの母方の祖父の弟にあたる人なのかな?

そこらへんなんですけど、

奇遇にも僕と同じ名前の人がいたんです。

僕の名前は父がつけたので、

全く意識してるなんてことはありえないんですけど、

漢字は違えども名前はまんま一緒で、

なんという奇遇!と思ってたら、

その方は太平洋戦争の徴兵で10代にして亡くなってるんですね。

それで祖母とか母が

生まれ変わりかもよ?とか言ってたの覚えてるんですけど、

確か日本軍の物資を船で運んでいる最中、

アメリカに見つかってそのまま船が海の中に沈んだという話を聴いています。

そういう観点からも、

やはり海外と人間という言葉がすごくキーワードになってる気がしていて、

僕は日本だけで留まっていいのか?という感性もちょっとあるんですよね。

こういった話かなり長くなるので、

今日はここまでにして、

また次の日書きたいと思いますが、

僕が海外にふれたい理由を少しずつ書いていきたいと思うし、

もし皆さんも人生の路頭に迷っていたら、

小さい頃の自分を思い出してみるとヒントが出るかもよ?って意味も込めて、

ぜひ読んでくれたら嬉しい限りです。

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今日は蚊の日

今年、蚊に刺された?

刺されましたよ。浦和におです。

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毎日ネイルチェンジ剥がれすぎ。

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ラリ子リクエストでノコギリクワガタ

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片岡鶴太郎離婚していたタレントの片岡鶴太郎が今年3月に長年連れ添った夫人と離婚していたことが判明。5年前から鍛錬を継続するヨガのストイックな生活で妻とのすれ違いが生じたという。